純粋なのは不死ばかり

文を隠すなら森。

5回目と1回目。『牯嶺街少年殺人事件』『ヤンヤン 夏の思い出』

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『牯嶺街少年殺人事件』デジタル・リマスター版

 早稲田松竹で久しぶりに観た。
 2017年に4Kレストア・デジタルリマスター版が公開されてから、幾度となく再公開のたびに足を運んで、今回は5回目。消えない魔力をずっと感じているし、新しく見えてくるものも、やはり闇の中に見えないものを手探りで探しているような感覚もある。あと一回観たら大体24時間で、人生の一日をこの映画に費やしたことになる。

 今回見返してみて、最後の方にある、主人公が小翠とデートして家に帰ってきたら時計を盗んだことで家族が大変なことになってるシーンが一番好きだと思った。あまりにも辛いし、自分が起こした小さな悪事が崩壊しつつある時間を全員に気づかせてしまう感じ。劇的なものがずっと排除されてて暗闇の時代の中で照らしたものしか見えないというか、今回あれ?と思ったのは暗さの違い。夜の時間において最も明るく感じるのは学校だったのだけれど、あの中盤の襲撃シーンとか、主人公の生きる場所から遠くなっていくほど闇が濃さを増しているかのように感じた。闇を照らす懐中電灯を手に入れる映画スタジオは昼においても薄暗く、やはりあの懐中電灯は少年に与えられたまやかしの武器だったのだろうか。しかしリトルプレスリーは最後に彼が信じていた芸術の神様との邂逅を果たす。

 どうしても最後のリトルプレスリーの手紙のシーンが凄すぎて、アレを見るために何度も見に行っちゃうようなところがあるんだけど、毎回見るたびにその後に受験の発表のシーンがあることを思い出して、愕然とする。そして今回改めて思ったのはやっぱりカメラが遠く、ほとんどの場面でカメラの奥のところに人物たちの身体がすっぽりおさまり、余白の風景は彼らが運動する空間になる。冒頭の小四と父がゆっくりと道の向こうからこちらへと歩いてくる、画面に拡大してくるところはまるで映画の中の人間のサイズを取り決めているかのようだった。そりゃあ五回見てもこの人誰だっけ……アレ?これって前でてたあの人と同じ人?って混乱するよ。人物たちの顔は小さく、この長大な時間の中ですぐさま判断することはできない。それこそ観客は雨の襲撃シーンで待たされている小四のごとく、ゆっくりと血を流す戒厳令下の台湾を、どこか気まずい観客席から、日本人として観るしかない。かれらが日本軍人の残した拳銃で撃たれることはなかった。しかし……僕らはあの場面で何度も何度も撃たれてしまう。今回初めて観るという後輩はあの場面で思わず驚きの声をあげていて、自分を含め何度も観ている人たちもあの「声」にはハッとせざるを得なかったのではないだろうか。

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ヤンヤン 夏の思い出』

 早稲田松竹でやっと観れた!初見です。
 タイトルとポスタービジュアルが少年ヤンヤンだったから、てっきり『牯嶺街少年殺人事件』みたいな子供の視点の話なのかと思いきや、ヤンヤンの視点こそ出てくるけれど、親御三世代の視点から恋愛をひとつの軸に置きながら見える世界/見えない世界という話をしていて、言語化できない脱出への欲求と共に語られる長女の視点はどこか『恐怖分子』を思い出したし、父親の「すでに失われた恋」と危うい二人旅を続ける様子は『恋愛時代』を思い出した。三番目の視点が非常に印象的で、なんだか不意打ちのように登場したイッセー尾形があまりにも鮮烈で、序盤の方にあるバーでピアノを弾きながら歌い(しっとりというよりは急に異国の地にありながら場が宴会のようになってしまうハレの空間性が凄まじい)、それを離れた席から見つめる主人公の視線にもう泣きそうになってしまった。イッセー尾形、ちょっと言葉にできない良さがあり、どこかマジカルな空気すらただよう隣国の友人として、終わりに向かっていくバブルの空気ももちろん感じつつも、これがこの時代のたしかな友情だったのだろうと納得してしまう。自分は2017年に初めてクーリンチェを観てからずっとそれに狂って来たのだけれど、こうして同じ監督の作品を追っていくとやっぱり違う景色が見えて来て感動してしまう。

 ラストのヤンヤンの演説/朗読/死者を悼む彼のメッセージは、この少し長い映画の先にもたらされた奇跡のようで本当に素晴らしい場面なのだが、自分もだんだんと歳を取ってきて、この映画はヤンヤン少年の目線を追う作品ではなかったけれど、いや、大人たちは容易く彼の存在を自分の人生から忘却してしまいそうにすらなるけれど、彼は彼だけの目で、彼だけの語り方で。たしかにこの世界を見ていたのだとわかる。エドワード・ヤン監督はこれが最後の監督作品になってしまったけれど、ここにすでに彼の映画作品の集大成を作ってしまっているように感じた。これは偶然だけれど、アメリカと韓国の(すでに終わってしまったかもしれない)恋愛と友情を描いた『パストライブス』の直前に観たこともどこか不思議な運命めいていて良かった。

『エドワード・ヤンの恋愛時代』/『牯嶺街少年殺人事件』/『ヤンヤン 夏の想い出』 | 早稲田松竹 official web site | 高田馬場の名画座