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アンドリュー・スコットに吸い込まれる。Netflix『リプリー』

f:id:is_jenga:20240602112446j:image Netflixの『リプリー』を完走した。現時点で今年ベストドラマです。贅沢な時間だった。

 原作はパトリシア・ハイスミスの『太陽がいっぱい』。とにかく主演のアンドリュー・スコットを観ているだけでも大満足なのに、イタリアを美しいモノクロ映像で取り上げるその手つきにすでにカラヴァッジョのような「魔」が潜んでいる。視聴者は自身の視線によって知らず知らずのうちに共犯にさせられてしまう。ブレッソンの『スリ』のように、この映画を観ることがどこか犯罪めいている。

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 主人公リプリーが逃亡生活を愉しむと同時に、カラヴァッジョに魅せられ、その作品がローマの要所要所で登場し、殺人罪で逃亡するカラヴァッジョの晩年を追体験するかのように重ね合わせて描かれているのが印象的だった。物語が何層にもレイヤーを重ねていて容易には読み取らせない、詐欺師のその表情のようで、しかしモノクロの画面でイタリアを映すショットはどれも美しく、それも相まって緊張感と優美さが混ざり合う素晴らしい効果をあげている。途中主人公が教会にカラヴァッジョを見にいき、教会の隅の暗い一角で、100円入れるとカラヴァッジョの絵がライトアップされるよというようないかにも観光地らしい場所でカラヴァッジョを恍惚に見上げる主人公、そこに後ろから近づいてくる神父が話しかけるでもなく声をかけ、「光だ」「常に光がある」と呟くとともに時間が切れて照明が落ちる、という一連のシークエンスを、殺した男の名前を偽ってその恋人に手紙を書く場面に差し込むという、何重にもクールな演出に痺れる。

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 カラヴァッジョの絵画に「殺人者/犯罪者の芸術」というレイヤーが重ねられる様は去年観たブレッソンの『スリ』を連想したし、彼が殺した友人の名を偽って書く手紙でしか彼の内面を語ることができないというのも、彼がこうした犯罪行為でしか彼の孤独を語ることができないというトラウマに沈められた男のようで悲しい。

 イタリア版『ベター・コール・ソウル』と言ってもいいのかもしれない。あまりにも好き。