純粋なのは不死ばかり

文を隠すなら森。

「暮らしの思想 佐藤真RETROSPECTIVE」で『エドワード・サイード OUT OF PLACE』『花子』『まひるのほし』を観てきました。

f:id:is_jenga:20240623105048j:imageBunkamura ル・シネマ渋谷宮下で開催されていた「暮らしの思想 佐藤真 RETROSPECTIVE」を観に行きました。4Kレストア版の三本を観ることができました。

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佐藤真特集、1本目は『エドワード・サイード OUT OF PLACE』。パレスチナ人としてのサイード、佐藤真監督がカメラを兵士から隠してレバノンの別荘を撮りにいくところから始まるが、佐藤真監督がすごいのはそこからレバノンパレスチナ難民キャンプやイスラエルにカメラを携えていくところ。

イスラエルでその地区に一人だけ残ったアラブ人のおじいさんがまわりの若者に「やって見せてよ」と言われてタバコの葉を削って火をつけるまでの場面が、美しくもあり、なぜこのようなことになっているのかを考えなくてはならないと、すでにサイードも監督もいない世界で思う。どちらの国においても、食事の場面は驚きと喜びに満ちているけれど、難民キャンプの室内の狭さ、窮屈さは筆舌に尽くしがたい。それすらも奪われているというのに。

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『花子』、ほんとうに観れてよかった。
佐藤真監督、作品を観れば観るほど驚いてしまうというか、本当にすごい人が日本にいたんだなと思う。人を撮るのも勿論上手いのだけれど、なんだか建物や家具や階段が焼き付いて映っている人々の生活の履歴や拡がりをずっと感じていた。

誰を撮るか誰を撮らないか、カメラというのは常に撮る暴力と隣り合わせで、この作品でもお母さんがえっここも撮るの?という場面がどこかユーモラスに映っていたが、佐藤真監督はカメラを回しつつもどこか不在を撮る人だったように思う。それは36歳で夭逝した写真家牛腸茂雄やサイードの痕跡をめぐる作品を残していることもそうなのだが、どこかずっとカメラがここにいない人に想像を巡らせている気がする。家族の中で一人だけカメラに映ることがない姉の桃子さんの言葉が印象的だった。そして、それ以上に、エンドロールにある「題字 今村桃子」というクレジットにハッとさせられてしまう。どのような気持ちで、あの文字を書いていたのだろうか。

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まひるのほし』、最終日に間に合った。
いやー……凄かった。どこかTV的な編集でさまざまな支援施設にいる作り手たちを見せていくのだが、時折訪れるとてつもなく美しいショット、彼らの表情、そして言葉、海、炎……『阿賀に生きる』に映っていたものがここにもまざまざと燃えていて、本当に凄かった。ふと溢れてきた「見事に情けないわ」という言葉が大好きになった。

そして今回の佐藤真RETROSPECTIVE ポスターにも採用されている『まひるのほし』のシゲちゃんのインパクトよ。まさかラストショットでアレをやってくれるとは思わず、泣きそうになっちゃうよね……

佐藤真監督はドキュメンタリー作家であるが、それはたとえばワイズマンやワン・ビンのような国際的に評価された作家というよりは、もっと明るく素直に楽しいものを作ろうとした人な気がする。ナレーションもテロップもどんどん入れていくし、なんなら音楽もかけちゃうし(今作の井上陽水の使い方はあまりにハマっていて泣きそうになってしまう)、もし、もう少しキャリアが続くことがあれば、どこか国民的なドキュメンタリー作家として愛される人になっていたのではないかと思う。そして、言葉にこだわる人でもあった。「人間独特の顔」「シゲちゃんと呼んでください」「見事に情けないわ」等々、監督が出会った宝石のような言葉を大事に大事にカメラに収めようとしていたのではないか。それはこうして僕にも届いた。ドキュメンタリーは言葉を残すことができるということも届いた。この特集で観ることができてよかった。