純粋なのは不死ばかり

文を隠すなら森。

あなたが蚊になる前に。『ばけばけ』

f:id:is_jenga:20260726135329j:image『ばけばけ』やっと完走した。
全体的に上質な脚本と撮影・演出を堪能した(一番好きな吉沢亮かもしれない)。しかし最終週のラスト三話、ヘブン先生没後のエピソードはかなり困惑したというか、はっきり言って苦手でした。

『虎に翼』と比べるわけじゃないけど、ほぼ物語を語りおおせた後の最終週に描かれる一波乱、その描き方がある種の女性二人の対立の構図であったり、その背後に強く感じるコロニアリズムというか列強的な優位の眼差し、そこから言語的な能力や「書くこと」の強烈な特権性がおトキに突きつけられるのは見ていて辛かった。マーサさんにおトキの人生が全否定される場面、あまりにも残酷でマーサさんの人物描写も「台無し」にしてしまったのではないか。ラストの「フロッグコート」のエピソードも言語的なすれ違いや勘違いが夫婦の愛情を遅れて教えてくれる、というマーサさんの偏見と対になるものではあるのだが、それにしても……という思いは拭えない。

f:id:is_jenga:20260726135345j:image

でもやっぱり、最後の最後で「蚊」がおトキの血を吸いにくる場面はラフカディオ・ハーン、小泉八雲先生の『虫の研究』が好きな自分にはとっても嬉しかったな。プ〜ンと終わるたわいのない、かゆい、こそばゆい、いとおしい物語でした。あとラストのタイトルバックの出し方ズルい!細かい演出も上手いシリーズだったなぁ。

……そうして、ジキ・ケツ・ガキとしての存在を定められている可能性を考えるなら、どれか竹の花立てか、ミズタメの中に生まれ変わる機会を望みたいもので、そっと飛び立ち、かすかなそして尖った声で歌いつつ、誰か知人を刺しに行きたいと思うのである。(円城塔訳、ラフカディオ・ハーン「蚊」)

f:id:is_jenga:20260726135310j:image

サヨナラ満塁ホームラン『スーパーガール』

f:id:is_jenga:20260725034556j:image

『スーパーガール』、やっと観た。
正直終盤まで、八割くらいまでは40点かな……という気持ちだった。しかしそれが最後の最後でスーパーガールがあのスーツを着る(それは予定調和でもあるはずなのに)、その後のアクションでこれが前作『スーパーマン』ともっとも違う、彼女が「スーツを着るまでの物語」(=再び故郷に戻るまでの物語)であることに納得させられる。実をいうとずっと誰一人好きになれないまま観ていて、スーパーマンくらいしか好きなキャラいないかも……くらいの気持ちだったのが、最後の最後で呆然とする少女を中心として戦車とバイクを薙ぎ払うアクションで「私の世界を壊しにきた最高にイカすビッチ」であるスーパーガールと少女との関係がめちゃくちゃわかるし(というかそこまで上手く関係を作れなかったという話でもある)、言ってしまえば「優雅な生活が最高の復讐である」という少女の物語のラストも、冒頭からあれだけ酒浸りになっていた主人公をもまた救うラストであると言える完璧さ。何で最後の20分で200点叩き出してくるかね!

いやマジで途中というか八割くらいは本当につまんなくて……なぜか三日間の猶予がある毒で犬を撃ってしかもその解毒剤を首からプラプラ下げている敵役、間抜けの脚本すぎるでしょという気持ちでしかなかったし、「クリプトナイト」の扱い方もまさかの『BvS』より雑で本当にびっくりした。「太陽が二つある」時点でああピンチになったらまた復活するのね……としか思わないし、肝心のスーパーガールが初めてスーツを着て空の上にやってくるショットも、デスメタル宇宙人みたいなモモアが乗るトンチキメガバイクも『ザ・フラッシュ』の素晴らしいシーンのダサいバージョンでしかないし……キャンセルされてしまったサッシャ・カジェのスーパーガールを思い出して悲しい気持ちで観ていた。

期待していなかった宇宙人描写も本当にレベルが低くてまたマッドマックスオマージュか……みたいな気持ちになってたところで最後のアクションシークエンス。あれは音楽も素晴らしいし、これが観たかったんだ……と思わせる熱量がたしかにある。なんで宇宙海賊が戦車持ってるの?と思っていたのもあの場面では明確に戦争的な、侵略的な帝国主義的なものを薙ぎ払う象徴としてのスーパーガールが、もっと雑に言うとなにあの突然の高濃度のザック・スナイダー成分は!?こんなんもう『エンジェル・ウォーズ』じゃん……というもうよくわからないエモさに負けてしまった。

なんていうか勝手にかつてのザック・スナイダー主導のDC映画と現在のジェームズ・ガン主導のDC映画を繋ぐような曲芸が偶然できてしまっている。正直モモアは最後までいらんかったのでは?と思うが、でも結局好きになってしまった。八割おもしろいのに結局アクションシークエンスがつまらなすぎて乗り切れなかった前作『スーパーマン』より、この明らかに不出来な『スーパーガール』の方が好きになってしまいそうだ。こんなにダメな映画なのに、伝えたいことはしっかり伝わってしまった。思い返しても宇宙空間で音のない叫びをあげるシーンとかもよかったよなぁ。いやーこの不安定なバランスのままミラクルなパンチを打ち出してしまう奇跡のような瞬間、これがDC映画を観る喜びだよな……と思う。打率低いんだけど、ホームランの軌跡は本当に美しいのだ。

f:id:is_jenga:20260725034711j:image

怒りに満ちた反戦映画『ロングウォーク』

f:id:is_jenga:20260725034244p:image
楽しみにしていた『ロングウォーク』、ものすごい怒りと痛みに満ちた反戦映画でした。いまこの作品を映像化することのものすごい強度、そして原作者スティーヴン・キングからこの映画の作り手達が受け取ったであろう怒りと(現在どんどん増していく)世界への絶望。本当にすごい映画体験で、久々にしばらく引き摺ってしまうかも。友人と二人で観たけど劇場を後にしてもお互いなかなか感想を言うことはできずその沈黙を破るように近況報告やこれからの旅の話をして、それが旅すること、移動すること、未来へ向かうことといったこの作品で描かれていたものと重なっていく。

今年一番レベルで恐ろしかったし、同時にショットの数々は美しくもあったし、こんな反戦映画はアメリカでしかあり得ないんじゃないかと思った。フィクションの力を痛感する。寓話ということはできるだろうけど、観ているうちにこれが突飛な設定の絵空事だと思う人はいなくなるんじゃないか。本当に残酷だったし、それが現実と重なって見えるというのが更に恐ろしいのだが、多くの人に見て欲しい作品だった。こんな暴力的な世界が目の前に見えてきている時代だと思う。

今年公開の『落下音』や『シンプル・アクシデント』と共に、社会派ホラーの傑作だと思います。過激な、異色の方法で世界を描く作品として自分は『シラート』より今作を推したい。そして同じスティーヴン・キング原作映画として今年公開の傑作『サンキュー、チャック』と表裏、光と影のような作品でもある。しかし今作においても極限状態でなお連帯し助け合おうとする若者たちの言葉は生命の輝きに溢れている。

観ながらジョジョとか荒木飛呂彦作品ってやっぱり根底にスティーヴン・キングがあるのかな……とか考えていた。恐ろしい暴力や抑圧に晒されても人間の生命は決して負けるはずはない、という信念。最後に映し出される真っ暗な「道」は私たちが生きるこの先の未来だ。あと、『サンキュー、チャック』に続いて非常に重要な役どころでマーク・ハミルが出ていて、キング世界の住人になっているんだな……と思った。あと『エイリアン ロムルス』で圧倒的な存在感だったデヴィッド・ジョンソン、やっぱり凄まじい演技だったな。必見の作品だと思います。

まとまりに欠ける『デアデビル:ボーン・アゲイン』シーズン2

f:id:is_jenga:20260621031459j:image『デアデビル:ボーン・アゲイン』S2完走した。
全体的にがんばっているなとは思ったが、やっぱりデアデビルのアクションシークエンスがこれまでに比べて見劣りしてしまうのと、話が進んでいるのかいないのかあんまりうまい脚本ではないなと思いながら観ていた。一方で終盤マードックが法廷に現れる場面では(傍聴している人々と一緒に)おおっ!!と立ち上がりそうになったし、やっぱりデアデビルというキャラクターの一番の核は夜のヒーロー活動それ以上に昼間の盲目の弁護士としての矜持があることだ。だからどうしてもフォギーが退場してからの『ボーン・アゲイン』は失速せざるを得ないし(回想パートで再登場するところはもれなくよかった)、フィスクとの決着が事実上法廷でつけられるというのはこのドラマの落とし所(というか落とし前?)として納得できるものだった。

f:id:is_jenga:20260621031514j:image

『ボーン・アゲイン』、フィスクを裏切りそうで踏みとどまって恋人を逃して仲間に殺されてしまう側近キャラのダニエルとか、やっぱり今作で魅力的なサブキャラクターは沢山いたので豊かな物語の土壌は感じつつも、あんなにカッコいいポインデクスターとか(彼はデアデビルよりも手を汚しているけどパニッシャーほど吹っ切れていないという中間に存在するとてもいいキャラクターだ)、やっぱり作劇上持て余してるんじゃないの……?とか思ってしまうのが勿体無い。カレン・ペイジに猛反発されながらポインデクスターを助けるデアデビルとか、見せ場はしっかり盛り上がるんだけど、全体的なストーリーラインに有機的に活かされるかというと微妙なんだよな……その点で言うとやっぱりジェシカ・ジョーンズの再合流とかも大して意味がなかったような……やっぱり勿体無いところ多いシーズンだったなぁ。

ただNetflix版デアデビルから多くのキャストを続投させて、デアデビル役のチャーリー・コックスとフィスク役のヴィンセント・ドノフリオの熱演を再び見せてくれただけでこのドラマの価値は保証されているので、まぁ勿体無いな……みたいな感想に落ち着いてしまう。アクションも頑張ってたしスーツもカッコいいんだけどね。どうしてもNetflix版の全く隙がなく闘いの炎が燃え盛っている(実際第一話のオープニングから炎に落ちていく十字架シルエットのデアデビルという狂気)シーズン3のクオリティと比べてしまうとね……でも楽しかったです。このまま『パニッシャー:ワン・ラスト・キル』観ようかな。

f:id:is_jenga:20260621031520j:image

今年のマーベルでベストかも『ワンダーマン』

f:id:is_jenga:20260621030822j:image『ワンダーマン』完走!
いや〜とっても好きでした。マーベルドラマ特有の30分×8話という短さながら、時折起こりがちな序盤は派手に、中盤はオフビートに、終盤は急に駆け足になるようなそういった忙しさとは全く無縁の地味で小さな二人の俳優の友情と騙し合い。スーパーパワーを手に入れることは全く主眼ではなく、むしろそれを隠して生きている男の苦しさに焦点が当てられている。というか最終話に至るまで彼がスーパーヒーローになることはなく、というかむしろ最終回を観た今でも彼がヒーローになったかどうかは曖昧なまま、しかし彼はまさしく正しい選択をしたのだと胸が熱くなるようなラスト。

今作では非力な彼ら二人の前に立ちはだかるのはハリウッドであり、メディアによって左右されていく世論であり、一度炎上してしまえばもう居場所がなくなるような社会そのものなのだ。しかし本当にベン・キングズレーが素晴らしい。あの『アイアンマン3』のマンダリンというちょっと今となってはどうかと思うところもあるキャラクターがここに来てスポットを当てられていることが作品の内容とも重なってくる。こんなうまい企画をよく思いついたものだ。ワンダーマンというようなあまりに空想めいた名前のドラマで描かれるのは男性二人のゆるくもおだやかな愛情であるというのがとってもいい。

f:id:is_jenga:20260621031017p:image

この作品を観終わったとき、観客の心には映画のフィルムには残らないような二人の複雑で温かな関係が刻み込まれている。そう考えると、今作はむしろスーパーヒーローらしくない物語をマーベルらしくやり遂げた一本のようでもあり、それはマーベル映画の快進撃が始まる『アイアンマン』シリーズが持っていた"失敗してしまった男に再びチャンスを!"という精神性にやっぱり繋がるものではないだろうか。今作を観る前に抱いていた期待ーーというかあまりにも最高な予告編!ーーは『デアデビル』や『ムーンナイト』のような大きな物語(つまりMCU)に回収されないような小さなヒーローを描くようなドラマシリーズだと良いな、というものだった。それを少し裏切るような粋な最終回を観てしまったいま、やっぱりマーベルヒーローはいいものだと前向きな気持ちになるのだった。

f:id:is_jenga:20260621031021j:image

最高のカムバック、最高のラストショット『プルリブス』

f:id:is_jenga:20260621030505j:imageちなみに最近は『プルリブス』も完走しました。『ブレイキング・バッド』、『ベター・コール・ソウル』を母と一緒に観てきたので今回ももちろん二人で。最終回のラストのシークエンス、あまりにもカッコよくて母子ともどもウヒョ〜〜!!!って騒いでしまった。

『プルリブス』、レイ・シーホーンが中年のレズビアンの小説家を演じているだけでもうかなり最高なのだが、『三体』などのSF作品を凌駕する圧倒的な新しさで異次元の侵略ものを描いていて、もうマジで全編ずっと面白すぎて……この配信ドラマ戦国時代にほぼ一人芝居と言ってもいいようなこの脚本でシーズン1を走り切るヴィンス・ギリガンの圧倒的な筆力に痺れる。そして後半はある人物の介入により物語はまた別のツイストがもたらされ、それがこうしたSF作品では案外守られていない「同じ地球の上の他者」、つまりは他言語を用いる外国人(どうしたって移民排斥のアメリカの現状に対する意思表示に思えてならない、ICE OUT!)との言葉が通じない上での交流ーーもしくは衝突ーーとして描かれる。こんな超大作のSF作品でフォーカスが当てられるのが言葉の通じない隣人といかに対話するか?ということ、それは年始に観た『みんな、おしゃべり!』とも重なる(思えばこの作品もSF映画だった!)。本当に最高のシーズン1でした。ラストの台詞覚えちゃうくらいかっこいい。はやくシーズン2を!!!

f:id:is_jenga:20260621030509j:image

人生は素晴らしい、たとえ宇宙が終わろうとも『サンキュー、チャック』

f:id:is_jenga:20260621030141j:imageもちろん『サンキュー、チャック』のことを考えても涙が出る。あのダンスの場面、久々に大泣きしてしまった。すべてがあの瞬間に詰まっていて、それがスパークする輝きにぼくらすべての人が立ち会った。

間違いなくいちばん好きなマイク・フラナガン監督作品だし、もしかしたらいちばん好きなスティーヴン・キング映画かもしれない(それにつけてもフラナガンとキングの蜜月よ)。トム・ヒドルストンは間違いなくずっとセクシーだし美しい役者なのだが、彼をセクシーにまた道化のようなシュールレアリズムと共に撮ることは容易くても、こんなにさみしく温かいヒューマンドラマで、ある種の「語らない人間」(だから踊るのだ)としての等身大の姿を観れるなんて思っていなかった。

日本版ポスターが示すようにこの映画は間違いなくダンスムービーだし、物語そのものが踊ることを志向している。しかもスーツで!これは広義のデヴィッド・バーン映画であるとすら思う。なぜ踊るのか、なぜスーツ姿の男が不意に踊らねばならなかったのか。それはもちろん彼にはわからないし彼の人生を垣間見た私たちもわかった気がするだけだ。でも本当はみんなわかっている。わかっているけど言わないんだよね、この感覚がとってもスティーヴン・キングだと思った。秘密と禁句の匂い。『スタンド・バイ・ミー』以来の少年映画です。

f:id:is_jenga:20260621030149j:image