純粋なのは不死ばかり

文を隠すなら森。

恋をして気分が悪い『マグノリア』

「恋をして気分が悪い」
「その二つを混同するのか?」
「そのとおり、やっと正しいことを言った!おれはその二つを混同する」

 1999年の作品ではあるが、「有害な男らしさ」をこれでもかと描いている。社会的に追い込まれていくゲイの男性、警察官としてしか生きてこれなかった男、自己啓発セミナーを開くトム・クルーズ、その父親で臨終時に捨てた母子を思い出す老人。これは今もなお、というか2021年だからこそ、より危うさが鮮明になっている部分だと思う。特に、「女を誘惑してねじ伏せろ!」と男たちを煽り続けるトム・クルーズがすごい。一度も見たことないトム・クルーズだったかもしれない。TVCMから始まるある種のペテン師(もしくは教祖)としての人生に、彼自身染まりきろうともがいている、繊細さをひた隠しにしようとする演技がめちゃくちゃ良い。あと相変わらず若い頃のフィリップ・シーモア・ホフマンは聖的な雰囲気を纏っている。とぼけた表情が本当に無垢な顔に見えるんだよな。
 群像劇でありながら起承転結のような構造はわかりやすく示されていて、それぞれの人生がほんのささいな、しかし確実に育まれていた「転」によって崩壊していく様はどれも非常に辛い。この世界はみんな限界ギリギリで生きているのかもしれない、世界そのものがもう崩壊寸前なのかもしれないという空気感は20世紀末のそれが染み付いているようだった。

……つい答えを言ってしまいました……それではみなさん、ショパンをどうぞ……

 「人生はいまいましく長い」年老いた父親たちがそんな風に嘆いても、傷だらけにされた子供達の心が癒えることはない。辛い話が続いていくが、安易な救済を描かない作り手の実直さを感じた。手遅れなものは手遅れであり、一生償えない罪もある。そうしたことを、突き放すでもなく皮肉でもなく描いていく。そして、一見全く不合理で、おそらく全ての人に対して全く関係のない出来事が空から降ってくる。偶然の全く関係のないことをどこまで自分の事として受け入れてしまうか、それが「奇跡」というものなのだと思うが、あの場面の衝撃はまさしく「奇跡」のような体験だった。これだけはネタバレを知らずに見てほしいと思う。正直後半はずっと感動していたのだが、この瞬間に昇華したような感覚を味わった。疲れた仕事終わりの週末に三時間かけて観たあの深夜の出来事をもうずっと忘れないだろう。