純粋なのは不死ばかり

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ウド・キアもウィレム・デフォーもあることを心得よ。『キングダム』I&II、『キングダム エクソダス』

 ヒューマントラスト渋谷で15時間超えの『キングダム』I&IIと『キングダム エクソダス』一気見上映で鑑賞。夢と現実が混濁している可能性があります。善も悪もあることを心得よ。

f:id:is_jenga:20230731171548j:image 今年これを超える映像体験があるのだろうか。流石に15時間を一日で観るのは体力が追いつかず、何度かうたた寝をしたり周りから寝息も聞こえてきたのだが、それでも全く減衰しない圧倒的な面白さ。一言で言えば北欧版『ツイン・ピークス』というか、オカルト全部煮の神経外科版『ER』といえばいいのか。たしか僕が観た最長の映画がワン・ビン監督『死霊魂』の8時間26分だったと思うので、これが(映画ではないけど)最長の視聴体験かも。

 もともとトリアー監督は『メランコリア』がすごい好きで、でも苦手な作品も沢山あって、最近の『ハウス・ジャック・ビルト』が狂った視点人物の物語に捩れた妙に明るいユーモアが差し込まれるという作風が意外と楽しくて、自分の中での評価が不安定なままだった。そして『キングダム』、これはもうマスターピースだと思います。露悪的なギャグや非道なシーンは沢山あるけれど、奇妙なバランスでこの巨大病院が成り立ってる様が非常にスリリングだった。もう毎回のアバンタイトルで提示される「漂白」のための「沼」に建てられた精神病院というのが蠱惑的すぎるし、そこから流れるオープニングが異常なテンションの高さで(メタルっぽい曲かも)これからどこに連れて行かれてしまうんだろうとワクワクする。圧倒的な情報量とくだらなすぎるギャグと驚異的なビジュアルをぶつけられてしまったので、僕も喋り始めると混乱した患者や医療者のようにただ言葉の洪水に飲み込まれるしかない。内容についてはIIの感想で書きます。

f:id:is_jenga:20230731171554j:image 内容について書きます。といっても、これ何の話?という散乱したエピソードが継ぎ合わされて時には衝突し……という分子の運動を繰り返すような神経外科の人間模様は錯乱を極めている。あたかも破裂するための熱エネルギーが充実していくかのように。

 スウェーデンの医学界から追われて、デンマークにやってきた(傲慢な)ヘルマー医師と古参の(これまた独善的な)クロウスホイ医師の対立が一応の中心だが、ヘルマー医師の失敗した脳手術(このエピソードも相当ひどい)のカルテを奪い合ったり、病院長のドラ息子が恋をしている睡眠研究者の女の人に検死済みの死体の頭部をプレゼントしようとしてその頭部が病院内をさまざまに転がっていく様など、言葉にすると悪趣味極まりないエピソードが異様なテンションで進んでいく。その中でも作中でヒートアップしていく善と悪の戦いにおいて幽霊達を救済する善たり続けようとするオカルト趣味の老婆(詐称ですぐ入院してくる)とその息子(太っちょの用務員的な何でも屋、いつも倉庫で酒を飲んでいる)が力を合わせて病院の怪異を解いていくくだりはストレートに解呪冒険物語として胸のすくホラーストーリーになっている。あと、「世界一巨大な癌細胞に侵された臓器」を夢見て末期癌で亡くなった患者の肝臓を自身の肉体に移植する医師など、オカルト、ボディホラー、権力闘争とホモソーシャル、幽霊譚、不倫などエンターテイメントの素材となるような(それでもやはり悪性の)癌細胞が全身に転移していく病院そのものを見届ける物語となっている。最終章では心臓外科の部屋に実際に巨大な心臓が巣食っていたりする。そしてこの病院は全然死なない。医師たちも患者たちもしぶとい。会議室に幽霊が集まっていたりする。

 そしてオープニングクレジットで唯一知ってる名前のウド・キアの役どころといったらもう……よくこんな恐ろしく悍ましい役を引き受けたなぁと思って見ていたけど最後にはその役でこのシリーズ最大の泣かせどころを作ってしまうんだから役者って恐ろしい。もう好きなシーンだらけです。15時間ぶっ続けでみて疲労困憊してたはずなのに今劇場で掛かってるうちにまた行きたくなっているのが恐ろしい。或る夢遊病患者のように、また真夜中の映画館に誘い込まれてしまう。

f:id:is_jenga:20230731171602p:image 冒頭に『キングダム』シリーズを鑑賞する老婆がおり「これじゃ未完結じゃない」と言って眠りにつくが、彼女は夢遊病者でありやがて家を抜けだしキングダムの病院にたどり着く……という出だしはわかりやすいし、回転ドアを自動ドアと間違えて入れず、センサーを邪魔していた?小鳥が飛び立つとそれが再び動き出すという場面が非常に美しく、これでもうお膳立てがバッチリ整っていたと思った。そこからは前シーズンを踏襲しつつ同じキャストや似たキャスト、果ては全キャストの息子が現れるなど、現実と物語がどんどん混ざり込んでいく感覚が楽しい。しかもわりと軽く、言ってしまえばちょっとテンポ感も前シリーズからは物足りなくも感じるのだが、『ツインピークス リターンズ』のような物語の復帰とはまた違う雰囲気が楽しい。ていうかそのまま続投してるキャラクターがあまりにも変わってなさすぎて笑ってしまう。

 過去の大きな時間の断絶があると人はたやすく傷を見つけようとしてしまうものだが、それがどこか演じられた傷のような、フィクショナルな過去を持っている人間の雰囲気があって妙にソワソワした感じがある。院長の息子とか本当へんなやつのままで安心した。そして最終章の見どころは前作で救済されなかったかに見える二人の弱者、脳手術の失敗で障害を持った少女と異形として生まれ落ち、自死を選ばざるを得なかったウド・キア演じるリトルボーイが救済されるかどうか。ここはずっと意識されていて、後半は少女が放逐されてしまったあのベルトコンベアが再び登場し、そこから降りた先はなんとオープニングの「沼」!自分は『ダークソウル』などのゲームシリーズを連想したが、ここが実際に描かれたことが最も嬉しかった。絵的な美しさも全く減衰しておらず、そこにはウド・キアの膨れ上がった頭部が……ここの寓話的な、残酷な童話のようなエピソードが一番好きだった。そしてもう一人、最終章で現れる悪魔代表のウィレム・デフォーはもう安定感がすごい。むしろ悪魔としては控えめなくらい。クライマックスはどんどんボルテージが上がっていくのであのエンドも自分としてはかなり満足がいくものだった。

 ただ『キングダム』シリーズはオカルトや神秘的な体験もいいのだけれど、あまりにブラックでしょーもない病院内のゴタゴタの方が楽しく見れるので、中身が充実してそれがたとえ破裂して終わっても問題ない稀有なドラマシリーズな気がする。あ、あとはヘルマー医師の息子(デヴィッド・リンチみたいな髪型でカッコいい)が最後スウェーデンデンマークを繋ぐ境界たる橋に取り残されていくのは上手い落とし方だと思った。前シーズンではヘルマー医師一人だけだったスウェーデン人が今回は多く登場し、国家間の小競り合い、言ってしまえばディスり合いみたいなシーンが多く、この地域の現代史をもって知っておくとよかったのかも。神話とかも。最後に末期のゴーストバスターズみたいになるチームアップ感がすき。ヤケクソでも諦めないのはえらいことだよ!